2017年04月25日

問題はシステムにある

 中川なんとかという二世議員が不倫疑惑やらストーカー行為を警察にとがめられて自民党を離党した。しかし国会議員を辞める気は無いという。とりあえず次の選挙までは高給をもらえるし、次の選挙で上手く当選すれば今回の不祥事はちゃらということになる。そうなればまた自民党に戻ろうという見え透いた魂胆。
 
 この事件に対してマスコミの反応は中川個人の資質やら人格などを問題にするか、もう少し大きな目で見て与党自民党の規律がたるんでいるという評論に終始した。そして、いつものように問題の本質には全く触れないままであった。

 こういう問題を個人や党の質に転嫁する限りすべては政治家の思う壺で、議員という地位は限りなく身分制に近づく。自民党がたるんでいると思うなら次の選挙で他の党に投票すればいいという理屈から、お決まりの「棄権者のせいで民主主義が機能しなくなっている」という理屈へとワンパターンの方向をとる。戦後70年も続いているこの理論展開に疑問を挟む人はひとりも居ないという現実が既に絶望的なのだ。あほらしくて書く気力も湧いてこない。
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2017年04月11日

セーラー服の歌人 鳥居

「キリンの子 鳥居歌集」


 「セーラー服の歌人 鳥居」という本の表紙を載せたかったのですが、アマゾンで検索しても「ありません」としか出ない。やっと出たのが上の本で、仕方なくその写真を載せました。

 新聞の書評を見て図書館から借りてきました。「拾った新聞で字を覚えたホームレスの少女」というサブタイトルがついています。読んでみると何と悲惨なと他人事ながら息がつまるような生活を小学校のころから送っている。よく生き延びたことだと感じる。小学校のとき母親が自殺しただけでなく友達も電車に飛び込んで死ぬという経験もする。本人も死にたいと思い続けるという壮絶な子供時代。

 この子が短歌に出会って生きる力を得る。そして、自分だけでなく、苦しんでいる他の人にも短歌をすすめるという行動に出る。どこにそんな力があったのかと本人さえも驚いているほど。決して上手な短歌とは思えないが、下手な評価を許さない厳しさがどの句にも感じられる。もし今何かで苦しんでいる人がいるなら、勇気づけられるかもしれない。

 ま、そんな感じなのですが、読み終わってからずっと何となく気に入らない。何が気に入らないのかずっと考えているけれど分からない。

 虐げる人がいる家ならいっそ草原へ行こうキリンの背に乗り
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2017年04月04日

天下り

 ひと月を 二日で暮らす 天下り     奈良 高坂 修輔
 
 月2回出勤で年俸1千万円でしたかな。なめきっとんな。問題は我々には対抗手段が全く無いことです。なぜ無いのか。それが誰も分からない。何度も言いますが、それを解明するのが学者や評論家の仕事でしょ。特に学者はそれが本来の仕事でしょ。あいつらがアホやから政治が全く良くならず、悪くなる一方なんです。こんなことは無数にある。例えば車の強制保険。事故があるとまず任意保険を適用することになっている。じゃあ強制保険は一体どこで使っているのか? また、例えば運転免許。事故を起こすとその責任は全部運転者にかかってくる。運転免許を発行している国・自治体は何の責任も負わない。病院でも同じ。何年か前に奈良の結構大きな病院の院長が、全く経験も無いのに難しい手術を行い、途中で投げ出してどこかへ言ってしまった。この病院と院長がどうなったか知らないけれど、とにかく責任は病院と院長にかかることになっている。医師免許を出した国や、その院長が卒業した大学は何の責任も負わない。これをおかしいと思う人が一人もいないことがおかしいのだ。

 はい、ここで結論。こういう問題を解決する方法はひとつしかない。何度もこのブログで書いているように、その方法とは選挙を自由なものにすることです。言い換えると選挙法を議員が決めるという詐欺的なシステムを変え、独立した機関が選挙法を決めるという形にしない限り民主主義は必然的に身分制に近づく。日本の政界も既に身分制になっていると言っても差し支えない状態です。さ、どうしたらいい?
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2017年03月28日

ただの水掛け論

 森友学園の理事長が国会に喚問されました。偽証をすれば罪を問われるということで、実質的な進展があるのだろうと思っていると、ただの水掛け論という様相で、例えば安倍首相から寄付があったとか、或いは講演料を森友が払ったと言い、首相夫人は貰っていないと反論する。そもそも偽証は罪になると言っても偽証かどうかを誰が判断するのか。それを判断する方法が無い限り食い違う主張はただの水掛け論にしかならない。
  
 もし首相夫人が本当に1円も貰っていないのなら名誉毀損で告訴すればいいじゃないですか。刑事事件となれば警察が事実判断に動く。強制的に家宅捜査などもする。高いお金をかけてまで国会でああじゃらこうじゃら揉める意味があるのか?
 
 首相側が告訴に踏み切らないのは多少なりとも報酬を貰っているのではという憶測を生む。ま、てなことで、あの人たちはただ遊んでいるだけだということがはっきり分かった。これが民主主義の正体ですわ。人間は集団で力を合わせて種の保存を図る方向に進化した。そして強大な力を持つ「国」というシステムを作り上げた。しかしその結果個人には手も足も出ない権力機構が誕生した。人間が直面している問題は、国と国民の間に対等な関係が構築されていないという事実である。これが完成してはじめて本当の民主主義が完成したと言えるのだ。
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2017年03月21日

犬の嫉妬

 ゴールデンリトリーバー。盲導犬になることが多い、人間好きの、賢い、やさしい犬です。最近この犬が赤ちゃんをかみ殺したという事件があり、このニュースが犬好きな人をビックリさせた。あの大人しい犬がなぜ?と思ったらしい。しかし、これは犬の習性を全く知らない人の言うことで、赤ちゃんのいるところに犬を放しておくということが無知の極みなのだ。
 
 坂口安吾という作家がいて、彼は犬も人間も平等に扱わなければならないという考えを持っていた。で、確かゴールデンリトリーバだったと思うが、子犬を貰ってきて人間の子供ように育てた。この犬が成犬になった頃、安吾の奥さんが出産した。安吾は赤ちゃんのいるところでも犬を自由に出入りさせていた。そしてある日、赤ちゃんの部屋を覗くと、犬が恐ろしい顔で今にも赤ちゃんにかみ付きそうにしていた。安吾はびっくりして犬を遠ざけ、それ以後は決して赤ちゃんのいるところに犬を入れなかった。
 
 犬には平等という感覚は無い。犬は主人の命令には従うがそれ以外の人の命令はきかない。そして、主人の下に序列を作っていて、自分より序列が下の犬を主人が大事にすると強烈に嫉妬してかみ殺してしまう。安吾はこの時初めて犬の習性を知ったのだ。日本人は犬がいるとすぐに頭をなでたりするが、西欧諸国でそんなことをすると飼い主に怒られる。番犬として育てているのだから、頭をなでるなどはとんでもないことだということ。ま、西洋人の目には、犬が服を着ていたりする光景は随分奇異に映るらしい。ま、犬の習性が今回の事件でよく分かったでしょう。二度と同じような事件が起こらないこと祈っています。
 
 ちなみに、ゴールデンリトリーバーをゴールデンレッドリバーという人がいます。リトリーバーというのは猟師が撃った獲物を持って帰ってくる犬という意味なので、金色赤河ではない。猟犬でセッターとかポインターというのも犬の役割を表した名前です。ちなみのちなみに、坂口安吾は「堕落論」が有名ですが、「青春論」も非常に面白い、是非一読あれ。
posted by 倉井人生 at 14:12| Comment(0) | 政経、社会批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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